2005年03月29日

「君が代」を歌わせることは帝国主義か

「君が代」歌わぬ自由、生徒に説明を 弁護士会が勧告 [朝日新聞]

入学式や卒業式の「君が代」斉唱のとき、必ずしも起立や斉唱をしなくてもいいことを生徒にきちんと説明しなかったとして、大阪弁護士会は11日、大阪府高槻市内の市立中学校の校長に、「起立しない自由、歌わない自由を十分に説明するように」と勧告したと発表した。人権侵害にあたるおそれがあると指摘し、「思想・良心の自由」は人格の発展過程にある中学生にも保障すべきだと求めている。

 勧告書によると、同中学の前任の校長は君が代斉唱がある前に、「起立、斉唱について強制しないつもりです」などと生徒に具体的に説明した。しかし、この校長は赴任した02年度は「強制はしません」と簡単に説明しただけで、03年度以降は一切説明しなくなった。このため、教員2人が「強制でないことを説明しないのは思想・良心の自由に対する侵害だ」として人権救済を申し立てていた。

 勧告書は、君が代は戦前の天皇制絶対主義の表現を引き継ぎ、国民主権に反するといった意見があると指摘。学習指導要領で明記されている国歌指導などについての政府見解も、「児童生徒の内心にまで立ち入って強制しようとする趣旨のものではない」などとされており、斉唱と起立は強制されるものであってはならないとした。

(後略)


私が思うに,「君が代」と帝国主義は直接,イコールで結ぶべきものではない。

確かに日本は,昭和初期の「天皇制ファシズム」から戦争に突入したその経緯を反省し,そういった独裁思想を完全に否定してきた。これはイデオロギーに近いところもある。
しかし,国旗や国歌までもが,そのファシズムの一環であると考えて良いのだろうか。

国旗・国歌は独立国としての象徴である。それらを持たない国は,現在世界に見あたらない。そんな中,国歌を歌わないという考え方は,まさに日本本土が米国領であるかのようだ。
私は帝国主義に賛成はしない。だがそこまで極端な考え方を持つのもいけない。

以前,CX系のワイドショー「めざましテレビ」で,コリア・レポート編集長 辺真一氏が「メクラ板」と発言したことに対して,大塚範一キャスターが訂正の放送を入れた。「メクラ」という単語が,今や差別用語として徹底的に弾圧されているところにも,本件は通じるところがある。

同じものでも,扱い方によっては善悪いずれにもなる。車だって,普通に扱えば便利だが,1つ間違えれば殺人兵器ともなりうる。言葉だって,国歌や国旗だって同じではないのか。

ナチス=ドイツの鉤十字(ハーケン=クロイツ)と同様に,第2次世界大戦で使われたその使い方を問題とする意見もある。これも,「誤った使い方」によって植え付けられたイメージであり,「正当な使い方」においてはそう問題なものではないのではなかろうか。
それだったら,なぜ,戦後に国旗や国歌を新しく作ろうという動きがなかったのかがいささか疑問である。

現在ではやらなくなったが,祭りに際して国旗を掲揚する習慣というものがあった。いや,現在も,我が会津若松市など一部地域では行われている。その一方でこのような動きがあることには強い憤りを感じる。もしも国旗国歌が独裁の象徴であるならば,日本は再び,人権抑圧の道を歩んでいただろうに。
戦後50年以上,このような問題が取りざたされてくることはなかったのに,なぜ今なのか。

「自分が日本人であることを再認識させられるような厳粛な気持ちになります。」という意見もある。日本人は自国の国歌も歌えないのか・・・そんなことを外国人に言われても返せないようでは,それは日本民族ではない。

何処の国でも,そんなことを言っていれば,暮らせない。それを認識できないようでは困る。そのような意見が多数を占めれば,日本人は地球から出て行かざるを得ないだろう。
posted by Shin-kai at 19:28| 福島 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | ニュース等感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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